映画 バタフライ・エフェクト 結構いい。
映画 バタフライ・エフェクト
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000AM6R00/
ツタヤでDVDレンタル100円セールをやっていたので、
あれこれ選んでまとめて借りてきた。
借りたら、DVD→HDDツールで保存しておいて、あとでゆっくり見ればいいから、6本レンタル。
2本目は 映画 バタフライ・エフェクト
こりゃすげー。
人生考えちゃったよ。
まぁ、本でも、映画でも、そして日々目の前に発生する出来事でも、
人それぞれ違う受け止め方をして、違うように解釈する。
私はこう考えた。
あのときこうすれば。あのときやったあのことが、今の自分を作っている。
映画では、過去に戻って、修正して、違う人生に切り替えているが。
今、自分がしていることが、未来の自分を作っている。
だから、今、後悔無く生きることが、未来の自分を作るんだから、
今なんだよ。今が大切なんだよ。
って、感じで、今を生きる大切さを再認識した。
映画に戻ろう。
眉村宅の「時をかける少女」みたいなもん。
時をかける少女はたしかラベンダーに似た香りがトリガーになってる。
そして明るい。
バタフライ・エフェクトは、日記がトリガーになっている。
そして暗い部分あり。
レンタルDVDでは、違うエンディングが2つ入っていて、
普通の音声以外に、監督の解説版が入った画像も入っている。
最初は、ハッピーエンド版を普通に見て、その後監督の解説を聞いたが。
監督曰く、ハッピーエンドは、ちょっと違うだろう、と。
いやいや、それは関係無いだろう、と私は思った。
ハッピーエンドだから、未来が不幸せになるってもんじゃないだから。
ネットで見ると、どうも、さらに別のエンディングがあるんだそうだ。
ディレクターズカット。そのエンディングも、ネットで見つけたから
下記にネタバレバレで書くので要注意。
監督、そりゃ、違うだろう。
時間の移動ができる能力が、絶望を引き出す、ってのは、
それはその人がそう考える、ということであって、
と、思うんだがどうなんだろうね。
まずはネタバレストーリー。
ここから引用
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『バタフライ・エフェクト』99点(100点満点中)
http://movie.maeda-y.com/movie/00521.htm
運命に挑戦した男の切ないラブストーリー
アシュトン・カッチャー主演のタイムスリップ系サスペンス。アシュトン・カッチャーは米国ではTVのバラエティ番組等に出演し、アイドル的人気を博す若手俳優だが、日本ではそれほど知名度が高くない。『バタフライ・エフェクト』は非常にシリアスで感動的な物語であるのだが、多くの日本人にとっては主人公役の彼に対する先入観がないであろうから、よりニュートラルに本作を楽しめると思う。そうした点まで含めて判断した高得点である。
主人公(A・カッチャー)は少年時代、記憶が時折ブラックアウトする症状に悩まされていた。成人後はすっかりよくなったかに見えたが、ある日当時の日記を読み返した彼は、失った記憶を突然取り戻した。しかもその恐るべき記憶を、彼はあとから変更する事ができるのだった。
さて、現在もこの主人公は、幼馴染の少女に恋をしている。ところがその女の子とは、よくわからないうちに疎遠になってしまっていた。なぜ理由がわからないかというと、「何か大変なことがあったらしい」肝心な部分の記憶が失われているからだ。
その虫食い部分の記憶こそが、まさに驚愕の事実というやつで、主人公が覚えていない時間帯にトンデモない事がおきていた事がわかる。ああ、こうなると知ってりゃあんな事するはずないのに! 変えたい、過去を変えたい! ......誰もがそう思うだろう。
そして、この主人公にはそれを行う能力があった。失われた記憶の瞬間に向け一種のタイムスリップを行い、史実通りのA選択ではなく、B選択をしてやりなおす。そういうことができる能力があったのだ。
「そうか、よかったね、じゃあハッピーエンドだね」と思うだろうか。それはあまりにお気楽な発想というものだ。この映画のタイトルは『バタフライ・エフェクト』。蝶のはばたきが地球の裏側では竜巻を引き起こすという、カオス理論を象徴する言葉だ。つまり、「主人公が良かれと思って変えた過去のちょっとした選択が、とんでもない未来を巻き起こす」のである。
彼は、愛する彼女の人生を救うために過去に戻って「誤り」を修正したはずだった。しかし時間の法則はあまりに残酷で、彼女と彼の人生は、主人公がまったく予想もしなかった方向に転落してゆく。そして、そのたびに彼は何度も過去に戻り、自らの人生をやり直すのだ。たとえ何度地獄を見ることになろうとも......。これは愛する女性のため、気まぐれで残酷な「運命」に挑みつづけた、ひとりの男の物語だ。
次々明らかになる恐るべき記憶、ミスを修正したはずなのに全く望みどおりにならない未来。果たしてどこが真の分岐点だったのか? 何度もやり直す彼の人生に、やがて訪れる破滅の予感......。
すこぶるエキサイティングで知的なスリラーだ。全編まったく緊張感が途切れず、あたかもクライマックスの連続のよう。とてつもなく残酷な展開でありながら、この上なく感動的な愛の物語でもある。
ジグソーパズルのように綿密に組み立てられた脚本は、見終わった後、観客の頭の中のすべての謎が氷解し、心震わす感動を与える良質なものだ。今年ここまで紹介してきたすべての映画の中で、『バタフライ・エフェクト』こそナンバー1、ベストであると断言しよう。ほとんど完璧といっていい見事な映画だ。
ではマイナス1点は何か? 実はこの映画、もとはエンディングがちょいとこの公開バージョンとは違っていたのだ。そのエンディングの方がディレクターズカット版ということだから、恐らく監督が最初に意図したものであったのだろう。私はそれを直接見てはいないが、宣伝会社の人懐っこいお姉ちゃんに聞いたところによると、確かにそういう終わり方もあるね、と思わせる結末であった。
しかし正直なところ、結末だけそうしてしまうと、明らかにストーリーの終盤に矛盾が生じる。私はこの公開版のエンディングのほうが整合性の面でずっと良いと思う。しかし、これがまた憎たらしいところで、この公開版のエンディングだと最も大きな伏線に小さな矛盾、というか釈然としない要素が残ってしまうのである。それも無理はない。なぜならその最大の伏線こそ、ディレクターズカット版の結末に合わせて作られた伏線であるからだ。
まあ、サラリと見た観客は恐らく気づかない程度の事だとは思うが、ここまでパーフェクトにくみ上げられていただけに、唯一残されたキズのようでどうしても惜しい。そこでマイナス1点というわけだ。
ともあれ、私は強く『バタフライ・エフェクト』をオススメする。日本では、ほうっておくとすぐに公開終了となりかねないマイナーな作品だが、こういう映画を紹介できるからこそ、このサイトをやっているようなものだ。ぜひ皆さんにも、こういう傑作を見て欲しいと願う。
バタフライ・エフェクト プレミアム・エディション
うわさの「もう一つのエンディング」ディレクターズカット版本編も同時収録。レンタル版では見られないそうです。パート2の超映画批評による採点はこちら。
パンクト セカンド・シーズン(送料無料)
アシュトンが出演している人気番組ってのがコレ。あちらのセレブたちに仕掛けるドッキリカメラなんですが、このイメージが強すぎると、『バタフライ・エフェクト』の彼には違和感が出ちゃうんでしょうね。
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ここまで引用
ここから引用
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バタフライ・エフェクト(ディレクターズカット版)
セル版DVDでのみ見る事ができるディレクターズカット版。
これを見て、劇場版の印象がガラっと変わりました。
もし、レンタルの劇場版を見て、ディレクターズカット版も見てみたい!と思った方は、以下の感想は読まない方が良いです。
ネタバレしまくりですから。
せっかくの楽しみが減っちゃうよ
バタフライ・エフェクト プレミアム・エディション
バタフライ・エフェクト プレミアム・エディション
* アーチスト: アシュトン・カッチャー
* 発売元: ジェネオン エンタテインメント
* 発売日: 2005/10/21
* 売上ランキング: 1593
* おすすめ度 4.5
posted with Socialtunes at 2006/08/29
お気に入り度:rating_35.gif
※以下のDVD紹介内容は、過去に私が別のブログでエントリした「ディレクターズカット版」の記事内容を再編集したものになります。
劇場版より点数さげちゃいました・・・。
だって、下げざるを得ないっすよ。。母親だもん。
劇場版をみて残っていた謎は、ほぼこのディレクターズカット版で答えがでました。
【冒頭の書き置き】
これは、良く聞いてみると「タイムスリップ先での行動に失敗したら死ぬ」と言ってるのではなくて、「タイムスリップが行えなかったら死ぬ」という意味である事がわかりました。
もしこの時点でタイムスリップができなかったら、翌日病院を移転する事になるんですが、その病院では、脳の状態が思わしくないので、外科的治療開始の予感が匂わされます。
それが彼にとって、「死」に値する結果につながる、という事なのでしょう。
【ダイナマイトの導火線】
コメンタリーで観てみますと、導火線が長くなってるのは、撮影事情であって、本当に長くしてたワケではないようです。
ダイナマイトは最初から導火線が短く、ついた火を消せる選択肢はなかった、という事ですね。
【虐殺の絵】
劇場版では、タイムスリップ後、すぐに手を傷つけに行っていましたが、ディレクターズカット版では、絵を描く直前から始まります。
何か描きなさい、とせかされたエヴァンは、その時の彼の計画であるホモ囚人二人組の殺害を描いてしまうのでした。んで、描き終わってから、手を傷つけに行く、という描写になってました。
・・・・・つか、どうしても我慢ができないので、ディレクターズカット版のぷちネタバレ(笑)
劇場版では、ギリギリの所でエヴァンの貞操は守られた事になってますが、ディレクターズカット版では、処女を奪われております(笑)
さすがにその直接場面までは出ませんが、犯される前と後の描写がひどく痛々しいです(笑)ここまでやるか。すげえ。
いろんな映画配給会社から、ダメだしされただけはあると思いました(笑)
【父親死亡フラグ】
これは不明のままでした。
【7年間連絡をしなかった謎】
最初の流れでは、ケィリーは父親から性的虐待を始め、色々な干渉を受ける立場にいます。
その為、自分からエヴァンに対して行動を起こす事は絶対にできなかったのだと理解できました。
実際、父親の干渉を受けなくなったケィリーは自分からエヴァンに合いに行ってますから。
では、エヴァンは?
これは、なんかすっきりしません。
まぁ、でも13歳の男の子が新しい環境で新しい刺激に夢中になったと考えると、恋心よりもまだまだ遊びたい気持ちの方が、大きかったのか、とも思えます。
多少そういう描写があるとよかったのに。
例えば、13歳の引っ越し後のエヴァンが、ケィリーの家に電話しようとした時に、新しい友達が誘いにきて、結局電話せずに遊びに行っちゃう、とか・・。
確かに、劇場版は「せつない」系です。コピーが「せつない純愛」なのは、間違ってないです。
私が、ディレクターズカット版にコピーを付けるとしたら。
「愛になれない愛」
・・・・うーん。。。ちょっと違うな。
犠牲でも愛でもない。「ゼロ」は「ゼロ」。「ゼロ」に愛は含まれてません。
うまくできないや・・・(笑) コピーセンス無いなー(笑)
ディレクターズカット版は、確かに一般劇場で上映する事はできないラストです。
このラストが、監督達(二人で監督してます)の最初の予定であったとするならば、確かにこの話の映画化を引き受ける所は無かったと思います。
痛々しいというよりも、もっと悲痛で悲惨す。
劇場版から大きく削られていたエピソードは、このタイムスリップ能力が、「血」で引き継がれている事でした。
しかも「男子」にだけ引き継がれていく能力です。
この「血」で引き継がれていく能力を持ったエヴァンが、最後に選択した手段は、「血」の断絶。
完全なる自己否定と自己犠牲にすらなれないゼロへの回帰です。
ディレクターズ版でのラストシーン、昔のフィルムでエヴァンが見たシーンは、出産を控えた母親の映像でした。
エヴァンが死を選択する結論は、簡単に予想ができます。
でも、その自殺を、胎児の時点で選択するとは・・・・。
胎児のエヴァンがどうやって自殺したのかは、書けません。
子供を身ごもり、お腹の中で子供が育っている超音波映像を、大きな喜びで見つめた経験のある母親には、かなりショッキングなシーンです。
私も、ほんの3年前には、産科検診に喜んで通い、サービスでもらえる超音波映像のビデオを家に帰ってからも何度も夫や家族と見ていましたから、あのシーンは、正直、許容範囲外です。
痛みよりも、恐怖を感じるシーンでした。
そして、エヴァンが、第3子であった事。エヴァンの兄達もお腹の中での死産であった事。
エヴァンの兄達も、同じ選択をしたのかもしれない事を示唆させてます。
あまりにも救いがない。
自分がいなければ、自分さえいなければ、自分がいない事が、全てのヒトの幸せにつながる・・・なんて。
どうしてそんな事を結論とするのか。。。
「自己犠牲」ではなくて、「自己否定」です。
自分は産まれてはいけない、自分は人を愛してはいけない、自分は人に愛されてはいけない。
なんて結論なんでしょうね。。。
エヴァンが大きな犠牲を払いながらも、自分と自分の周囲の人々の幸せを勝ち取るかが、劇場版でした。
ディレクターズカット版は、自分を、自分の血を断絶される事が、全ての幸せになるというラストです。
なんか。もうね。
エヴァンが可哀想っていうよりも、なんかさ、もうね、ほんと、バカだなぁ・・と思いながら、涙だらだら流して「ヒィー、ヒィーッ」って泣いてる自分がいましたよ。
こんな事、あっていいわけないのです。
こんなラストは誰も望んでないのです。
全ての出来事を完全に否定した上で成立するラストなんて。
あり得ないです。
ほんと、一般向けじゃないです。
でも、そういう事を全て包括して、1本の映画を見た感想として考えると、「最悪の気分にさせられたけど、非常に面白いエンターティメントだった。」とは思えます。
んで、ちょっと思い返してみると、エヴァンがタイムスリップできる時点というのは、最初から決められていて、いつでもどこにでもってワケじゃなかったじゃないですか。
それがなんで、ホームフィルムでは、すぐにその時点に行けたのかが、残った謎ですね。
仕方がないけど、都合あわせ的な感じだったかな。
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ここまで引用
なるほど、ディレクターズカットはそうなんだ。。。
いろんな人がいるねぇ。